Path: trc.rwcp!rwc-tyo!news.iij.ad.jp!inetnews.niftyserve.or.jp!niftyserve!TBE01656 From: 金子郁容 Newsgroups: tnn.interv.misc Subject: VOLUNTEERS Message-ID: Date: 29 Mar 1995 01:16:00 +0900 Lines: 67 MIME-Version: 1.0 Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp 慶応大学の金子郁容です。今回の震災におけるボランティアの活躍 とその課題についての私の意見をまとまたものを紹介します。1995 年2月14日付け朝日新聞(夕刊)の「こころ」の欄に掲載されたも のを朝日新聞社の了解を得て転載するものです。一部を引用したり 全体を転載するときは、必ず、出典と著者を明記してください。 優しい町とボランティアの組織化 金子郁容 慶応義塾大学  一月十七日の大震災が起こってからすぐの二、三日というものは、 私は --- たぶん多くの人と同様 --- 大きなショックを受け、何を していいのかわからずにいた。とりあえず被災者の近くにいたいと いう気持で神戸に来てみると、つぶされた建物の惨憺たる連なりと は対照的に、町は優しさに溢れていた。  道がわからずちょっとでもキョロキョロとしようものなら、すぐ さまとなりの人が「どこに行くのですか」と声をかけてくる。大き なリュックや手荷物で混んだ電車の中でも、人々は互いにきづかい の視線をかわす。駅前の半壊したハンバーガー屋では無料のコーヒ ーが振る舞われ、もらうのに慣れていないはずの人々が、好意を静 かに受け入れている。  優しさという言葉では言い表わせない。窪みに水が自然に流れ込 んで行くように、という比喩がいいのかも知れない。被災地の瓦礫 の中で、求められているものを差し出せる喜びに、人々は、はじめ て気づいたかのようであった。  そして、多くのボランティアたち --- その多くは被災者自身で ある --- が全国各地から溢れだしてきた。私が教えている大学で ちょっと声をかけたら、すぐさま百人を越えるボランティア希望者 が集まった。ヤキイモ屋のオヤジさんは屋台を引っ張って避難所を 回っていた。マウンテンバイク好きの青年は、町を飛び回るボラン ティアたちの自転車を黙々と修理していた。尼崎の企業は社員寮の お風呂を被災者に開放した。被災地の生活の鼓動はボランティアた ちだった。  今回の震災でわかったことは、ひとつの大きな、何にも負けない 均一システムを作るという試みは、決して成功しないということだ。 つまり、社会の多様性というものは、これまで考えられていたよう に、贅沢でひ弱なものではなく、かけがえのない社会の真の強さで あるということだ。しかし、その半面、多様性は自発的なまとまり を作る組織力を伴わなければ、力とはなりえないということも、ま た、如実に示された。  物流でいえば、全体で水が何十トン、靴下は全部で何万足必要だ というマクロな計算は、なくてはならないが、それだけでは実際に は役に立たない。被災者の数がいくら多いといっても、問題になる のは、例えば、このひとりのおじいさんが水を汲めなくて困ってい るということであるからだ。  日本中が市役所めがけて物資を送るのではなく、いくつものNPO (非営利組織)が、このグループは医薬品、ここは衣料品、われわ れは食料などと自発的に役割分担し、それぞれの得意分野で物資を 集めて配るという作業ができていたら、ずっとスムースで効果的な 物流が実現していただろう。しかし、それには、普段から社会に認 知されている多様なNPOが多数存在することが前提条件だ。そのた めには、ボランティア団体の法人化をしやすくし税制上の特典を与 える「NPO基本法案」などの早期の制定が望まれる。  情報にしても、マスコミは、最も激しい被害にあった現場の様子 を日本中に伝えることはできても、被災者にとって肝心な、個別で 多様で刻々変化するニーズを伝えることはできない。一方でクチコ ミは伝わる範囲が限定され、ランダムな要素が強すぎる。その点、 パソコン通信がかなり活躍したが、個別の情報が孤立していては十 分な効果がでない。  私は、現地のニーズとボランティアをつなぐ自発的なネットワー クができやすい情報環境を作るために、インターネットをベースに して、大小さまざまなパソコン通信に載っているボランティア情報 を互いに共有できるようにする「インターVネット」という組織作 りを仲間と一緒に始めた。  今度の震災で、人は個人レベルでは十分に信頼に足りる存在だと いうことがはっきりとわかったと思う。今後の課題は、それを組織 レベルにすること、つまり、社会的な信頼のネットワークを構築し て行くことであろう。