京大 長期研究会 「複雑系」3 -- 報告 --

報告者 : RWCP ニューラルシステム研究室  金田 泰
Created: 10/6/94, Modified: 6/8/95.

参照 : [RWCP ホームページ], [金田のホーム・ページ] [親ページ].


1. 概要

長期研究会「複雑系」は京都大学基礎物理学研究所 において,年 1 回 ひらかれている研究会であり,今回が第 3 回である.もともと物理学出身者が中心 (参加者は 100 数 10 人) の研究会ではあるが,物理にかぎらず,複雑なシステムにかかわる さまざまな問題があつかわれている.年によって中心的なテーマは 変化しているが,今年はおもに計算の理論や形式的な体系にまつわる話題が 中心的なテーマとしてとりあげられているようにみえる. 報告者には理解困難な発表もおおかったが,全般にはみのりおおかったと いうことができる.

プログラムはここにある.

2. おもな口頭発表

o Kolmogorov Complexity とランダムネス,小林 孝次郎 (東工大 理)

複雑さの客観的な指標として Kolmogorov の定義があるが, これは有限の列 (文字列,数列) のランダムさの程度をあらわしていると かんがえることができる.この定義は無限列にはつかえないが,たとえば Martin-Loef の方法によって無限列がランダムかそうでないかを判定する ことができる.ただし報告者のかんがえでは,この方法ではアルゴリズム によって生成される列,たとえば疑似乱数列はすべてランダムでないと 判定されるので,ランダムさの判定法としてはあまりにきびしい. 無限列に関して疑似乱数列の質を議論できるような理論でなければ, 実用にはやくだたないであろう.

o 非有基的集合論の紹介 -- 自己言及的状況の表現法として, 辻下 徹 (北大 理)

集合論においては,集合の要素をそれ自身を参照して定義することは ゆるされない.しかし,現実にはこのような自己言及的な「集合らしきもの」 が必要になる.非有基的集合論はこのようなものを集合としてあつかえるようにした 理論である.ただし,この理論では自己言及がある部分は 1 要素に縮退したのと おなじあつかいをうける.報告者のかんがえでは,「自己言及」というものは このように十羽ひとからげにあつかえるものではなく, この理論におけるあつかいはあまりに粗雑である (再帰よびだしのような単純なものさえ同一視されることになる).

o 計算機屋から見た計算の複雑さ,竹内 郁雄 (NTT ソフト研)

計算機屋とくに竹内氏がこれまでどのような複雑なものを相手に してきたかということを紹介した.そのなかには,Lisp マシンのマイクロ コーディング,Ackermann 関数や Tarai 関数,あらゆるプログラムを 回文プログラムに変換する回文プログラム (パズルの問題) などの話がふくまれて いた.これまでの科学技術では複雑なものをきらってきたが, 竹内氏は複雑なものをたのしもうとしているという. 報告者には,複雑さにはさまざまあるのに この発表ではそれをくべつせずにあつかっているというところが不満におもわれた (ただし,Kolmogorov があつかっているような静的な複雑さと, Tarai 関数がもっているような動的な複雑さとはくべつして, 後者のほうが計算機屋にとっては重要だということには言及していたが).

o 電気通信網の複雑化とその理解,下川 信祐 (ATR 光電波通信研)

通信網の traffic を測定すると,power spectrum が 1/f ( f は周波数) くらいで減少するという fractal な性質をしめすことがおおいという. 発表者が仕事のなかで経験したのは,ATM (Asynchronous Transfer Mode) による画像の実時間通信であり,そこでは損失するパケットの数が 1/f になるという. 報告者は,交通流に関しても類似の fractal な性質があらわれることが しられているので,それと関係があるのではないかとおもう.

o フォトリフラクティブ媒質中における光回路の自己形成, 池田 研介 (立命館大)

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o ナメクジの嗅覚中枢 : 非線形ネットワークによる認識と記憶, 関口 達彦 (三洋電気)

ナメクジに特定の食物のにおいをきらいにさせる学習をさせて, それがナメクジの中枢のどこに記憶されたかをしらべるなどの研究を している.それによると,ナメクジの両側に対称に存在する中枢のうちの いずれかに記憶が形成されるらしいことをはじめとして, さまざまなことがわかった.さまざまな図をつかった説明は報告者にとっても 興味ぶかく,また「ナメクジにも右ききと左ききがある (?!)」などの話題はわらいをまきおこした.今後モデル化して 応用にむすびつけようとかんがえているようだが,企業における研究としては 非常にユニークなものだとおもう.

o 内と外のインタフェースとしての Nowhere Differentiable Attractor, 津田 一郎 (北大 理)

発表者は脳の研究で有名だが,現在は nowhere differentiable attractor なるものを研究しているという. この講演ではその定義と研究の現状とが説明され, 最後にそれと「内と外」とというテーマとの関連がのべられた. 報告者には数学的な内容はよく理解できなかった.ただ, ある種の「内」の世界と「外」の世界との関連をつけようとしていると いうふうには理解できた.

o 学習・進化は試行錯誤か ? : ヴィトゲンシュタインの地平, 郡司 幸夫 (神戸大 理)

講演の最初の部分では Wittgenstein がなげかけた疑問とその解釈がかたられた. 報告者が解釈すると,それは帰納的学習によっては確実な真の知識をえることは できないという問題である.発表者はこの問題を単にそのように静的に 理解するのではなくて,学習の過程を力学系としてとらえて, それを単純化したモデルに関するシミュレーションをセル・オートマタによって おこなっている.しかし,この単純化したモデルやそのシミュレーションに 関しては疑問な点ががおおい.発表者は「数理科学」に何回か論文をかいているが, いずれも難解である.今回の講演でその思想が理解できるのではないかと 期待していたが,うらぎられた.

o 場所の理論に向けて -- 自己言及性と自己同一性 --, 清水 博 (場の研究所)

Royce の思想を中心に「外」からの記述と consistent な「内」からの世界記述 すなわち自己言及をふくむ場 (場所) の理論にむけたこころみを説明した. 報告者は以前,機械学会で清水氏の講演をきいたことがあるが, そのときと同様に,不確定と無限定とを区別すべきであること (無限定は数学的には不良設定を意味する), 人間は拘束条件を生成して不良設定を良設定にすることなどが論じられた. 「内」すなわち人間にとっての意味というものを問題にするとき, 人間の脳とくに記憶についての研究がてがかりになると 発表者は最近かんがえているようで,現在は海馬の研究をすすめているという.

o 地球史にみる生物と環境の相互作用,箕浦 幸治 (東北大 理)

地球の歴史において,生物の進化が環境からどのような影響をうけてきたかが 論じられた.大気の組成が長期的におおきく変化してきたことによる影響, 隕石の衝突が恐竜の絶滅をはじめとしておおきな影響を あたえてきたことなどが論じられた.興味ぶかい点のひとつは, 環境が激動するとき,それが必然的な変化であるときは動物は寿命を ちぢめることによってそれに対処し,突然でランダムな変化のばあいには むしろ寿命をのばすことによって対処してきたという説である.

o Evolution and Ecology of Digital Organisms, T. S. Ray (ATR 人間情報通信研)

Tierra に関する講演である.この講演の中心的な話題は,種の多様さ (エントロピー) を長期的に観察するとそれがときどきするどい減少と復帰をくりかえす 現象についてである.この現象は寄生生物の爆発的な発生と消滅と によっておこっている.また,命令体系によって, コードのながさが時間とともに連続的に変化したり不連続に変化したりする という現象も紹介された.この現象がおこる理由はまだわかっていない という.最後には発表者が最近研究しようとしているネットワーク上の Tierra についてかたられた.報告者もネットワークはコンピュータにとっての 「ひらかれた世界」だとかんがえているが,Tierra をネットワークにのせても 真に世界にひらかれた計算にはならないとおもう.

o ランダムに相互作用する多数の種の決定論的個体数動力学の 力学的振舞いと絶滅法則,佐々 真一 (東大 教養)

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3. 注目すべきポスター発表

o 非同期セル・オートマタにおける計算順序のランダムさの影響, 金田 泰 (RWCP)

報告者自身による発表である. Wolfram の研究で有名になったセル・オートマタは 同期的に動作するが, この研究ではそれと 2 種の非同期セル・オートマタとを比較している. とくに,後者において計算順序をランダムにすることによる効果をしることが 研究の中心だった.従来は非同期性による効果とランダムさによる効果とが くべつされていなかったが,非同期にすることによりパタンにおおきな変化が あらわれるばあい (規則) と,ランダムさをいれることによりおおきな変化が あらわれるばあいとがあることがわかった.また,ランダムさに敏感な規則と そうでない規則とがあることがわかった.さらに,微小なランダムさをいれる だけでこわれる fragile なパタン (実世界では存在しえない ``phantom'') があることがわかった.このポスターは ALife IV にだしたものとほぼおなじであるが,それに対する反応もある意味では ALife IV のときと似ていて,少数のひとが比較的つよい興味をしめしていた. 非常に示唆的な意見はきかれなかったが,結果をよりわかりやすいかたちに まとめることの必要性をつよく感じた.Journal に論文を投稿する際にこれを参考にしたい.

o 結合写像を用いた 1 次元交通流のモデル,湯川 諭, 菊池 誠 (阪大 理)

各自動車を格子点,自動車の位置や速度を格子点の状態とかんがえて構成した CML (Coupled Map Lattice) をつかって 交通流をシミュレートした中間結果をしめしている.従来の研究では微分方程式や セル・オートマタをつかっているが,前者には車間距離が負になるなどの不都合が 生じることがあり,後者には本来は連続量であるべき車の位置や速度が 離散化されるという不都合があるが,このモデルにおいてはそれらが 解決されている.報告者がかんがえるところでは,この研究における CML のつかいかたはあたらしく,他の分野にも応用できるのではないだろうか. ただし,CML をつかうことによって どんな利点があるかが,まだあきらかでない.

o 生物絶滅における不確定性 : 意味を失ったダーウィンの進化論, 泰中 啓一 (茨城大 理)

古典的な進化論においては種のあいだには強者と弱者という 階層的な関係が仮定される.これがもし cyclic な関係であって,さらに多少の 条件がくわわればどうなるかを シミュレートしている.ここである種が絶滅して cycle がなくなると劇的な 変化がおこる.このような結果から,発表者は fitness があらかじめ存在するか のようにあつかう進化論を批判している.報告者のかんがえでは,これは同時に 遺伝的アルゴリズムの批判にもなっている. 遺伝的アルゴリズムとはちがって,ALife の世界ではこのような cyclic な関係もあつかわれているが,より実用にちかい計算にもこのようなわくぐみを ためしてみるとよいだろう.
Y. Kanada (Send comments to kanada@trc.rwcp.or.jp)