ひとはたえず入力される情報を処理している. その意味で,ひとはデータ・ストリーム管理システム (DSMS) であるということができる. したがって,逆に DSMS に人間の情報処理モデルをあてはめることができる. ここではとくに両者の記憶の構造にアナロジーがなりたつことをしめす.
情報処理モデルと記憶のモデル
認知心理学における人間の情報処理モデルの基本要素はつぎの 3 つである.
- 知覚 (入力)
- 認知 (記憶・処理)
- 行動 (出力)
ここでは,これらのうちとくに認知に注目する. 認知は記憶と処理とによってなりたつが,このうち,W. James [Jam 90] や Atkinson ら [Atk 68] によって記憶はさらにつぎのようにわけられている.
- 1 次記憶 (短期記憶)
- 2 次記憶 (長期記憶)
入力された情報はまず 1 次記憶にたくわえられる. そのうちの一部が 2 次記憶にたくわえられる. 1 次記憶は容量がすくないが,特に努力を要することなく,正確な想起が可能である. それに対して 2 次記憶は容量はおおいが,想起のためにはかなりの努力を要し,また正確な想起は困難である.
DSMS の記憶とのアナロジー
コンピュータにおいても 1 次記憶 (RAM) と 2 次記憶 (ディスク) があり,その関係は人間におけるそれらに似ている [脚注]. すなわち,1 次記憶は容量がすくないが,高速にアクセスできる. また,2 次記憶は容量がおおいが,低速である. しかし,コンピュータにおいては 2 次記憶,3 次記憶においても想起は正確でなければならない. この点において人間の 2 次記憶とはことなっている.
しかし,DSMS においてはこの点でもアナロジーがなりたつ. DSMS においては入力データはストリームとして,常時,入力される. したがって,1 次記憶には入力データをすべてたくわえられるだけのスループットが要求される. しかし,2 次記憶にこのようなスループットを要求することは困難である.
低速なデバイスでも多数,並列化すればスループットを向上させることができる. しかし,そうすることによってコストがはねあがり,実現困難になる. 適当な価格におさえるためには,スループットがひくくても処理できるように,2 次記憶への入力レートをおさえる必要がある. すなわち,圧縮,集約などの方法によってデータ量を削減することが必要である. データ量の削減によって,もとのデータを正確に想起することはできなくなる.
データ量が削減され,正確な想起ができなくなるという点は,人間の情報処理と DSMS のそれとでよく一致しているとかんがえられる. 人間の脳はかなりの記憶容量があるが,それでも,つぎつぎに情報が入力されることによって一種の圧縮がおこなわれて,ふるい記憶が変形されてしまう. そのために完全な想起ができなくなる.
人間の脳は完全でないとはいえ,よくできていることはまちがいない. したがって,このように DSMS がそれとよく似ているのであれば,人間からまなぶべきところがあるにちがいない. したがって,さらにそれを検討していきたい.
[脚注] コンピュータにおいては記憶の階層がさらに複雑になっている. RAM にも DRAM (Dynamic RAM) と SRAM (Static RAM) があり,そのアクセス速度にはおおきな差がある. この差が DSMS のアーキテクチャにもおおきな影響をおよぼす [Est 03].
参考文献
- [Atk 68] Atkinson, R. C. and Shiffrin, R. M., “Human Memory: A Proposed System and Its Control Processes”, in K. W. Spence and J. T. Spence, eds., “The Psychology of Learning and Motivations”, Vol, 2, Academic Press, 1968.
- [Est 03] Estan, C. and Varghese, G., “New Directions in Traffic Measurement and Accounting”, ACM Transactions on Computer Systems, Vol. 21, No. 3, pp. 270–313, August 2003.
- [Jam 90] James, W., "The Principles of Psychology", New York, Holt, 1890.