From: CQ4S-MR@j.asahi-net.or.jp
Date: 2 Apr 95 13:58:16 JST
Subject: [from-koube-d 34] wnn
...[中略]...

森です。
WNN のメーリングリストで公開された阪大の下條さんの記事を転載致します。
Subject:genko
>From   :下條真司さん
Date   :95/ 4/ 2 20:39
以下、転載------------------------------------------------------------
ソフトウェア科学会から, 許可がいただけましたので, 東京の緊急シンポジウ
ムで書いた文章を公開します. 
WWWにあげるなり, 自由に使って下さい. 

                                下條真司
                                shimojo@center.osaka-u.ac.jp

                                〒567
                                茨木市美穂が丘  大型計算機センター

                                06-879-8793 (ダイアルイン)
                                fax: 06-879-8814

                                大阪大学情報工学科
                                06-850-6588 (ダイアルイン)

阪神大震災と情報技術

はじめに

この震災の前までは,マルチメディア,あるいはインターネットこそが次世 代の技術をリードするものである.そう信じて来た.いわゆるマルチメディ アブームである.

しかし,それが我々の生活にどのように関るのかはいまひとつ明確なビジョ ンを持てないでいた.ところが, この震災が緊急時の情報システムに付いて 考えさせるきっかけを与えてくれた.

マルチメディアやインターネットなどの情報技術がまさに我々の生死に関る 重要な技術であることがはっきりして来たと思う.つまり,今の我々にかけ ているものは緊急時に大量の情報を効率良く捌く情報システムとそれを有効 に生かせる人間の組織である.

ここでは,阪神大震災の経験を元に,緊急時の情報システムのあり方に付い て考えてみる.

わたしが経験したこと

The day after

震災の真っ只中の芦屋市にいて,私の体験したことをまず振り返ってみる. 幸い私のすんでいるマンションは中のものが倒れて来た程度で,無事であっ た.しかし,地震直後は停電していた.

停電の中,まず最初に手にした情報は,ラジオからであった.幸い,携帯用 のラジオがあったので,そこから情報を手にすることができた.とはいえ, ラジオは当初,淡路島,神戸を中心に大きな地震があったということを伝え るだけで,自分たちのすんでいるところの回りで何が起っているかや,詳し い情報はわからなかった.

すぐに,表に出てみるとすでに火の手が幾つか上がっていた.隣の住人と情 報交換をすることができたが,幸いにうちのマンションはたいしたことはな いようであった.

すこし,落ち着くと六甲アイランドにすんでいる両親に電話して,向こうの 状況を聞くことができた.電話はまだこの頃はつながったのである.つなが りにくくなると,携帯電話を試してみた.確かに最初のころは,かかりやす かったような気がする.

うちのマンションはCATVをひいているので,ほとんどのチャネルが映らなく なった.とくにCATVの付加放送でなく,一般方法が映らなかったのには困っ た.幸い,NHKの衛生第2のみが唯一の情報源であった.

朝になると,ヘリコプターがよく飛び回っているのが,聞こえていた.TV をみると被害が予想よりも大きかったことがわかってきた.見慣れた場所が 大きな被害を受けている.

それでも,昼になって実際に自分の家の回りを見るまでは,そんな大きな地 震だと思わなかった.

昼になると電話がぴたりとかからなくなってしまった.おそらくNTTが受付 制限をしたのだろう.

TVの流す情報は,被害の大きさを語るだけで,生活に必要な重要な情報は何 も流れてこなかった.CATVには芦屋広報チャネルがあるが,恐らく自動で流 しているのだろう.のんきに通常の番組を流していた.また,最近CATVによ る交通情報案内サービスが始められた.大阪府警が提供する情報を元に,京 阪神の地図に渋滞状況を添えて,くり返し流すサービスである.しかし,こ れも流されることはなかった.

ガスがとまっていることは,一番最初にチェックしたが,水道がとまってい ることには気がつかなかった.マンションのため,屋上にためていたのであ る.調子良く,あと片付けの洗い物をしていると,水がとまってしまって初 めてなるほどと気がついた.気の付く人は最初の内にためておいたそうだ. こういうことも重要な情報である.

水と食料を確保しに,コンビニエンスストアに行列ができた.空いていたの は,コンビにだけだった.それも自分の足であちこち回って探さなければな らなかった.幹線道路を見ると,既に大渋滞が起っていた.神戸方面に向か う車が多かったようだ.

その日の夜も,余震がひどく,明日は大阪の方に脱出しようということにな った.しかし,大阪までの道がどうなっているかは,まったくわからなかっ た.とにかく通常よリは相当時間がかかるだろうと覚悟して,朝早く出るこ とにした.実際,走ってみると至る所で,隆起や陥没が起っていた.阪神高 速が何ヶ所かで倒壊しており,主要幹線である国道43号線が走れないこと は,知っていたが,どこの部分が通行止めになっているのか,どこに迂回す ればいいのかという情報は,まったく与えられなかった.途中,車が動けな くなって捨てられていたが,交通整理をする人もなかった.

Internetの利用

大阪に出てみると,通常と全く変りない生活をしていることに驚かされた. 学校に出てみると安否を気遣う電子メールを山のように頂いていた.特に海 外からも沢山電子メールを頂いたことにはびっくりした.私自身,これまで 海外の災害に対して,こんなにも感心を寄せたことがなかったからである. ありがたいことだが,答えを書くのは大変だった.

Internetでの地震関係の情報のやり取りが行われているのに,気がついたの は日本の中でWEBに関する情報を交換しているinfotalkというメーリングリス トに入っていたからである.ニュースグループができた,WEBサーバーが上が ったという情報が,交換されていた.

最初に気がついたのは,当然ことだが,どちらかといえば被災地から離れた 人の投稿が多く,中の情報が少ないということである. また,TVでボランティアという言葉が聞かれるようになって,Internetで も何かできないだろうかと思う人が増えて来た.これだけたくさんのWEBがあ がったのもその結果であろう.

私自身も何かできないかと悶々とする中で,朝日放送の香取さんから,手伝 って欲しいとメールがあり,朝日放送での手伝いに関ることになった.朝日 放送では,すでに奈良先端大学の羽田さんたちによって,On-lineの死亡者名 簿があれば,放送終了後に繰り返し自動的に流すことと,同時に,奈良先端 のWEBにあげることができるようになっていた.唯一の問題は,警視庁発表の 最初の情報が,FAXでやってくることである.しかも,そのFAXはワープロで 打っているのだが,結局それをもう一度打ち直さなければならなかった.ま た,その後,このようなOn-lineリストを持っているところが,複数あるとい うこともわかったが,それぞれ情報ソースが異なっており,統合することが 難しいことも明らかになって来た.

何がまずかったか

上記の話にはいろいろな教訓が含まれていそうである. それを幾つか,拾ってみることにする.
  1. いろいろな情報システムが,役に立たなかった
    普段,我々は,いろいろなものから情報を得ている. 新聞,TV,CATV, 電話,電子メールなど.そしてそれらから得られる情報は, 豊富になり,個別になって来ている.

    しかし,今回はこれらの情報を支える基盤が脆弱であったために,ほとんど 役に経たなくなってしまった.

  2. 個別,地域情報こそ重要である
    災害時に必要とされる情報は,どこの道が通れるとか,どこの病院は空いて いるとかいった地域性のある情報であり,しかも,要求されるものは様々で ある.

    TVのような広域のメディアができることは限られている.

    また,一旦,出された情報例えば,空いている病院一覧だとか,お風呂屋さ ん一覧といった内容を蓄積し,検索できるようにしておくことも重要である. さらに,蓄積された情報を常に最新のものに維持して行くことの方が,重要 である.

    今回,Internetなどで,集められたたくさんの情報も,更新されないために 余り役に立たなかったこともある.

  3. 組織を支える情報システムの問題,情報システムの欠如
    都市部における災害においては,様々な事象が広い範囲にわたって,同時に 起るため,それらの事象を同時並行的に監視し,処理する情報システムなく しては,対応できないことである.

    多くのところで,情報が溢れてしまって処理しきれないという例が見受けら れた.例えば,ボランティアの受付に際しても多くのボランティア組織が捌 ききれずに断っている.また,食料品などの物資やボランティアまで避難所 間の連携がなかったためにあちこちで過不足が起った.こんなときに, Internetで情報が交換できたらとはみんな思うことですが,その前に解決すべき 問題が多い.

  4. 災害に対応する組織の問題
    たとえ,情報システムが存在したとしても,その情報を使う人間の方で,組 織化がうまくいっていなければ,情報を有効に使うことができないのである. 今回の災害で,特に,国や自治体などフォーマルな組織が,必ずしも緊急事 態に対応してうまく動くことができないということがわかった.

    そのかわりに,フォーマルでない組織,たとえば,地元の自治会やボランテ ィアグループの方が決めの細かい対応ができることもわかって来た.組織の ルールに縛られない方が自由に動けるからである.

    もちろん,first careは行政が整然と対応できないと困るが,second care, third careは行政だけではカバーしきれない.我々は社会資本としてこれら の組織を抱えておく必要があると感じた.

情報ボランティアグループの始まり

Internetの中で,WEBをあげるだけではなく,もう少し積極的に関ってやろ うという人もあらわれた.大阪大学核物理研究所の水野先生もその一人であ る.彼がInternetで呼び掛けて「情報ボランティアグループ」というのが集 められた.情報技術をボランティアの仕事に役立てられないだろうかという 趣旨である.ボランティアグループとの接点は大阪YMCAに見つけることがで きた.ここは一早く「応援する市民の会」という形でボランティアグループ を作っており,「関西NGO協議会」という関西のNGO/NPOを取りまとめる役割 をしていたのである.それらのボランティアグループのためのボランティア の募集から,幾つかの避難所を担当しているボランティアグループの横の連 絡を果たしていた.ここの笹江氏と一緒に考えた結果,これらの組織を情報 システム技術,とくにInternetを通じて結ぼうというアイデアが出て来た. しかし,現実にそれを行うには幾つかの障害があった.
  1. これらの組織は,Internetを使うための技術を何も持っていない.
  2. 日々の活動が忙しく,Internetを使うための人材,時間的な余裕が 無い.
  3. 情報技術に関する理解がなく,また,どのように使うべきかもわか らない.
  4. 組織が情報技術を使うような体制になっていない.
まあ,当然といえば当然のことである.これはかつて我々が,電子メールな どのInternet技術を最初に導入するときに経験したことそのものである.実 際に,避難所にパソコンを配ったもののほとんど使われていないという話も 聞いている.

やはり,実際にこれらの技術を持っている人が,乗り込んでいき,手取足取 教えてあげる.あるいはボランティアグループと一緒に行動して,その中で 解を見つけて行くといった地道な活動が必要であろう.そこで,「情報ボラ ンティアグループ」自身がボランティアグループの活動の拠点である大阪YM CAと西宮YMCAに乗り込んで行くことになった.

アップル社の協力により,Machintoshを何台か貸して頂けることになり,モ デムを使って大阪大学にアクセスすることから始めた.幾つかのネットワー クプロバイダーからもアクセス権を一時的にお借りすることができ,とりあ えずこのプロジェクトが活動中である.

おわりに

この震災を通して,私を含め,多くの人が初めて「ボランティア」という言 葉に感心を持ったのではないかと思う.そして,多くの人が実際に行動した .段々と時が立つに連れ,世の中の関心も薄れていき,ボランティアの人数 も減ってくるだろうと思われる.しかし,これをきっかけに多くのボランテ ィアグループが,Internetを使い始め,細々とでも横の連絡を取り始めれば という思いを込めて,我々のグループをWNN (World NGO Network)と呼び始め た(WNNに関する情報は,http://www.osaka-u.ac.jp/からアクセスすること ができる.).また,同様のグループがパソコン通信も含めてあちこちに出来 上がっている.このような活動が続いていることが,様々な災害に対する社 会の強さを作り出すのではと思っている.情報技術に携わるものとして,こ ういうことを情報システムの観点から,支援して行くことができればと思っ ている.

最後に,この震災でなくなられた多くの方の御冥福をお祈りします.

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森 真一/cq4s-mr@j.asahi-net.or.jp

HTML 化: 金田 泰
初版 95-5-8,最新版 97-7-13