「ネット時代のドキュメント形式」 では 「グーテンベルク以来 500 年以上をかけてつちかわれてきた印刷技術にかわるものをつくりあげるのは容易なことではありませんが,そうしていく必要があります」 と書きました. グーテンベルク以来つづいてきたひとつの伝統は,「文章は縦長の紙 (ページ) に印刷する」 ということでした. この原則はほとんどの印刷物において,なりたっています. 本でも新聞でも,縦長のページをつかったものがほとんどです. しかし,コンピュータ・ディスプレイが横長であることは,うごかしがたいようにおもわれます. 印刷とディスプレイ表示とでは歴史のながさが 1 桁以上ちがっていて,このさきどうなるのかはかならずしもわかりませんが,それでも,私にはグーテンベルク以来つづいてきた縦長のページをコンピュータ・ディスプレイやマルチメディアに向いた横長の表示にかえていく必要があるようにおもわれます.
「印刷は縦長の紙にする」 と書きましたが,これはひとつのページについてのことであり,本も新聞も紙がおりたたまれているので,実は印刷するときは横長の紙に印刷しています. 読むときも,新聞はおりたたんで読むこともおおいのですが,おおくのばあいは横にひろげて読みます. また,本はたいてい横にひろげて読みます. したがって,縦長のページをつかうのは紙を横にとじることと関係があるとかんがえられます. 横長のページをさらに横につないだのでは,横にながくなりすぎます. 本や新聞を横にひらくときめた時点で,縦長のページをつかうことはほとんど必然的にきまったようにおもわれます.
このように従来は文章がほとんど縦長にレイアウトされ,したがって印刷を前提とした PDF などの文書も縦長につくられているため,それを表示するディスプレイは縦長にするのがよいという主張がたびたびくりかえされてきました. また,文書用のディスプレイとしても Alto をはじめとして,数はすくないものの縦長のものがつくられてきました. 私も Macintosh IIX に Xerox の縦長ディスプレイをつないでつかっていたことがあります. しかし,縦長ディスプレイは主流にはなるどころか,ほとんどのディスプレイは横長につくられています. 最近ではテレビ画面の縦横比が 3:4 から 9:16 になったのをうけて,コンピュータ・ディスプレイもさらに横長になってきています.
ディスプレイが文章を表示するだけのものであれば,このようなことはおこらなかったでしょう. しかし,ディスプレイがグラフィクスや動画の表示につかわれるものである以上,このようなながれは今後もかわることがないとかんがえられます. 文書も今後マルチメディア化がすすむとかんがえられるので,文章だけが縦長のディスプレイに表示されるということはかんがえられません. そうだとすると,縦長のディスプレイに適した文章レイアウトや表示法が開発されるべきだとかんがえられます. 長谷川 秀記 は 「紙の本とそっくり!!」 (PDF 版または HTML 版) のなかで 「旧来の本を再現するという場面以外では新しい電子の本のレイアウト・表現を作り出す努力のほうが大切ではないだろうか?」 と書いています.
現在はまだ原則がさだまらず,混乱した状態にあるといえます. 山田 祥平 は Re:config.sys において,「優れたエディトリアルデザイナーの手にかかれば,横長の用紙に,人間が読みやすいレイアウトを作ることはたやすいだろう. にもかかわらず,そんなムーブメントはちっとも起こる兆しがない. それどころか,今のウェブは、読みにくくなる一方だ」 となげいています. 時間はかかっても,あたらしいレイアウトや表示法をくふうしていく必要があるでしょう.
本のなかにもわずかながら横長にデザインされたものがあります. また,学会論文もほとんどが縦長のフォーマットをつかっていますが,ACM の CHI (Association for Computing Machinery Conferences on Human Factors in Computing Systems) という学会では,一部のセッションで横長のフォーマットがつかわれています. たとえば,B. Kerr らによる “Designing remail: reinventing the email client through innovation and integration" (CHI 2004)” (または IBM TR 版) という論文はレイアウトのうつくしさにみるべきものがあります. 固定的なフォーマットが今後のドキュメントにふさわしいかどうかは検討する必要がありますが,ひとつのヒントをあたえてくれるようにおもいます.