「ほんとうに,てまをかけて図をかくべきなのか ?」 という項目にすこし書きましたが,村山 涼一 の 「論理的に考える技術 ― 図形化すれば考えはこんなにまとまる」 という本では論理的にかんがえるための訓練として,文章を読んだり書いたりするときにその内容を図形化 (視覚化) してみることをすすめています. ほかにも論理を図によつて表現することをすすめる本はすくなくありません. たしかに,訓練として有用なばあいもあるでしょうが,私には,図にしなくても箇条書きにするだけでほぼ必要がみたされてしまうようにおもえます.
図形として書くことによって直観にうったえるようになることはたしかです. しかし,図形化に関してつぎのようなことがいえます.
- すなおに書かれた文章はだいたい箇条書きにすれば構造がわかるようになります. 実際,上記の本でとりあげられている文章例も,ほとんどは箇条書きであらわせます. 箇条書きになるものを図形であらわしてみても,情報はふえません.
- 図形は電子表現しにくいという弱点があります. Microsoft Word や PowerPoint のようなツールをつかうと箇条書きはかんたんに表現することができます. しかし,それにくらべると図形による表現はそれほどかんたんではありません. この点は MediaWiki などにおいても同様です.
図形表現においては箱と矢印が要素になります. しかし,これだけの要素では非常にかぎられた意味しか表現することはできません. 矢印がなにを意味しているのかはそれにラベルをつけなければわかりませんが,上記の本では矢印にラベルをつけることをすすめてはいません. したがって,箇条書きとくらべてそれほど情報がふえることはありません.
しかも,箱が入れ子になっているときには矢印がさすものがあいまいになりやすく,そのために誤解を生じる可能性がでてきます. たとえば,矢印が入れ子の箱のうち外側についているのか内側をさしているのかが,わかりにくくなります.
また,文章を書くときに図形化しても,結局はそれを文章にかきかえて,図形による表現はすてなければなりません. せっかく書いた図形は読み手にはつたわりません.
ただし,紙に図形をかくときは柔軟性があることはたしかです. ラベルを導入することはできますし,単純な矢印のかわりにもっとべつの記号をつかうこともできます. 上記の本でも,ときどき通常の片方向の矢印のかわりに双方向の矢印 (⇔) や “≒” などの記号をつかっています.
このようにかんがえてみると,図形化にはよい点もあり,訓練の際にはよいかもしれませんが,実用的ではないようにおもえます.