コンピュータの世界では 1960 年代以来,「仮想化」 が重要な概念になっているが,最近ふたたび 「仮想化」 に注目があつまっている. 1960 年代にはコンピュータにできることはかぎられていたから,「仮想化」 の意味もあきらかだった. しかし,現在では情報通信の世界ははるかにひろがっていて,「仮想化」 ということばもさまざまな意味をもつことができる. そこで,ここではその意味をしぼって,「仮想化」 が 「局所化 (localization)」 という意味をもつという仮説をおいて,かんがえてみたい.
「局所化 (localization)」 ということばにも,いろいろな意味がある. ここでいう局在化とは,情報をアクセスする範囲,通信の範囲,あるいはことばとその文法や表現・用法の範囲を限定することなどを意味する. ただし,範囲といってもかならずしも物理的な範囲ではなく,たとえばコミュニティを限定することまでふくむ.
現在,「仮想化」 ということばはサーバの仮想化すなわち 1 台のサーバをユーザごとにことなる複数のサーバにみせたり,ある物理的なサーバ群を物理的な台数とはことなる (それよりおおかったり,すくなかったりする) サーバ群にみせたりすることを意味することがおおい. サーバの仮想化はデータセンターにおいて重要な機能である.
また,最近ではネットワークの仮想化も話題になっている. これは,物理的なネットワーク構成にしばられない自由な論理構成を実現することを意味していて,やはりデータセンターにおいてつよいニーズがある.
これだけでは 「局所化」 との関係がわかりにくいが,VPN (Virtual Private Network, 仮想閉域網) をかんがえれば関係がみえてくるだろう. VPN はネットワークを仮想化して特定の組織が仮想化されたネットワークやサーバなどの資源を占有しているようにみせる技術である. ひとつの VPN は他の VPN やインターネットなどからは独立していて,他からは基本的にはアクセスすることができない. VPN のさきにはその組織固有の計算サーバやストレージ,あるいは仮想化されたサーバやストレージがつながっている. それによって,通信やデータに関してセキュリティをまもることが最大の目的である. VPN はインターネットという大域的 (グローバル) なネットワークの一部を 「局所化」 しているということができる.
「仮想化」 をサーバやネットワークといった下位層から上位層にうつしてみても,そこにはやはり 「局所化」 という意味をみることができる. つまり,仮想化によってつくられる世界は局所化されている (せまい) ゆえによりセキュア (安全) であり,他のネットワークに干渉されないため安定性や高品質を確保することができ,他のネットワークやグローバルな規則・規約などにしばられないでより自由なコミュニケーションができる. こうした利点はプロトコルのレベルからアプリケーションや人間どうしのコミュニケーション言語・コミュニケーション法といったレベルにまでいかされる. そして,そのレベルごとにその利点をいかすためのあたらしいしかけをとりいれることができるとかんがえられる.
プロトコルのレベルでいえば,たとえばインターネットの規約にしばられることがないので,インターネット・プロトコル以外のあたらしいプロトコルをのせて,つかうことができる. これは,あたらしい通信方式やプロトコルを開発する研究者などにとってはおおきな利点である. しかし,一般ユーザにとっての利点はあまりあきらかではない.
一般ユーザにとっては,限定されたコミュニティのなかでコミュニケーションできるために,急におかしなユーザがコミュニケーションにはいってくることがないとか,配布範囲を限定するべき情報が他にもれるおそれがないといったことが利点になる. ただし,このような高水準の局所性を実現する手段は,もちろんネットワークやサーバの仮想化だけではない.
例にあげた新プロトコルの開発とコミュニケーション範囲の限定はもっともひくい層ともっともたかい層における利点であり,その中間にさまざまな層があるはずである. 中間層としてなにがあり,そこでの仮想化・局所化がどういう効果をもたらすかを検討していくことが重要だろう.