「戦後教育」 や 「自虐史観」 などが問題にされるなかで戦後の歴史をふりかえる機会はすくなくないが,それでも,この本はこれまでわすれていた,あるいは気づいていなかった事実に気づかせてくれる. 太平洋戦争後 1960 年ごろまで,一般の日本人は戦争の被害者であり加害者意識がなかったこと,そこでめばえた加害者意識が 「7.7 告発」 というできごとを機会に急速にひろまり,そこからこの本の最大のテーマである 「マイノリティ憑依」 が日本人とくにマスコミなどにひろがっていったこと.
「マイノリティ憑依」 ではアウトサイダーがマイノリティの立場にたとうとするが,東日本大震災ではその規模がおおきかったがゆえに,河北新報の記者をはじめおおくの当事者 (インサイダー) が情報を発信することになった. 著者はそこに 「マイノリティ憑依」 からぬけだす道をみている. しかし,津波被害と原発被害がまったくことなる様相を呈しているように,東日本大震災の被災者ではあっても,ひとによって経験はまったくちがう. 津波被害者は原発被害に関してはアウトサイダーであり,逆もまた真だ. 東日本大震災の被災者であるということだけで,みなが当事者だということにはならないだろう. だから,この本のタイトルには違和感をおぼえる. 「マイノリティ憑依」 が問題点であるのなら,それは今後も継続していくのではないだろうか.
評価: ★★★★☆
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