ビジネス・コミュニケーションの分類の項目で定義した開放型コミュニケーションを中心とし,半開放型までふくめたコミュニケーションについて分析する.
1. 開放型コミュニケーションの効用
はなれた席,はなれた場所にいる仲間と会話をするには “わざわざ” その席にでかけていったり電話をしたりする必要があるので,意図的でないコミュニケーションはなかなかできない. それに対して,席がとなりあっていれば意図的でないコミュニケーションを仕事にいかしていくことができる. たとえば,J. S. ブラウンは 「なぜ IT は社会を変えないのか」 という本 (日本経済新聞社,p. 164) のなかでつぎのように書いている ([] 内は引用者による).
研究の対象になったのは,顧客からの電話を受けて技術者を手配している,あるサービスセンター だった. [中略] 特に頼りになる答えをしているふたりのオペレータを見つけ出した. ひとりは,ある意味では当然だが,サービスセンター勤続 8 年のベテランで,大学で身につけた教養もあり [中略]. しかし,もうひとりは何と高校出で,入社後わずか 4 カ月に過ぎない新人だった. [中略] しかし研究者らは,この新人がそのベテランと机を向かい合わせていたことに気がついたのだ. 新人はベテランの電話の受け答え,そして相手に質問をしアドバイスをしているその声が聞けた. そしてそのベテランと同じことを始めた. ベテランがパンフレットやマニュアルを山のように手に入れているのに気がつくと,自分も同様のストックを築き始めた. しかもベテランの受け答えが理解できないときには,その意味を実際にサービスセンターにあるコピー機を前にして教えてくれるようベテランに頼んでいた.
2. アトリウム型コミュニケーション
気軽な会話を促進するための場として注目されてきたもののひとつがアトリウムである. アトリウムとはガラスなどにおおわれた,ひらかれた中庭のような空間のことである. アトリウムはもともと公共建築などにとりいれられてきたが,気軽な会話を促進するために研究所などでもとりいれられてきた. たとえば,地球環境戦略研究機関 (IGES) の解説には,その本部研究施設についてつぎのようにかかれている.
「一方,情報通信技術が成熟しつつある今日,あえて世界中から研究者がこの施設に集まり共に研究することの意味を空間として反映するために,施設東側にはアトリウムを設けた. 研究空間はもちろん,この施設に収容される全ての施設はこのアトリウムに面して配置し,施設に集う人々同士の偶然の出会いや face to face のコミュニケーションが誘発されるように配慮した. 施設全体の湾曲なりに設けられた廊下からは,常にアトリウム全体を視野に納めることができ,施設の利用者はその時々の施設のアクティビティを肌で感じ取ることになるはずである. また,このアトリウムは空間演出の装置であると同時に環境制御のための装置でもある.」 [後略.http://www.iges.or.jp/jp/outline/shisetsu.html]
リコーの中央研究所においてもアトリウムが重視されている .アトリウムは研究所だけでなくイノベーションをめざす企業などには有効なしかけだとかんがえられる. アトリウムにおけるコミュニケーションや交流は 「ソーシャル・キャピタル」 をそだてるものである.
しかし,アトリウムをつくるには,それをつくれるだけの場所と建設資金などが必要である. 既存の建物のなかにアトリウムにちかい空間をつくるこころみもおこなわれているが,建築構造上の問題や面積の問題などで,かならずしもうまくいっていないようである. 著者がいた職場においても気軽な会話のためのスペースがつくられたことがあるが,その利用者はかぎられていた.
また,アトリウムをつくることができたとしても,つぎのような 2 つの課題がのこる.
- アトリウムでは解決されない遠隔地のひとびとのあいだの開放型コミュニケーションを促進すること. すなわち,アトリウムにおいては他の目的できた訪問者をのぞけば,そこにちかいひととしか話ができないが,現代においては遠隔地にいるひとびとのあいだでの開放型コミュニケーションが重要になってきているとかんがえられるので,それを促進したい.
- アトリウムを利用しにくいひとでも利用しやすい環境をつくること. すなわち,アトリウムがあってもそれが居室からはなれていれば,アトリウムに "わざわざ" いかなければならないので利用しにくい. また,アトリウムにいるあいだは仕事がしにくいので時間に余裕がなければ利用しにくい. このような場所や時間の制約なしに利用できるようにしたい.
アトリウムにちかい場所として,喫煙者にとっては喫煙室が有用だといわれている. 喫煙という動機があるため,たとえはなれた場所にあっても,仲間たちがあつまってくる. 喫煙室はアトリウムのように物理的には開放的につくられていない (なぜなら,そのようにつくると非喫煙者にも煙をすわせてしまうから) が,それ以外の場所では禁煙を余儀なくされている喫煙者にとっては開放された場所ということができるだろう. しかし,いうまでもなく非喫煙者にとっては,いくらたのしい会話ができるとはいっても喫煙室はけっしてはいりたくない場所である. 喫煙者も非喫煙者もともにはいれる場をつくる必要がある. 気軽な会話を促進するためには,その空間になにか,ひとをひきつけるものが必要だが,喫煙者と非喫煙者とをともにひきつけるしかけとしては,たとえばコーヒーや菓子などがある. 職場でも特別の日には酒がそのためにつかわれることもある. しかし,酒は通常はつかわれないし,コーヒーや菓子だけで十分にひとがひきつけられているのを,すくなくとも報告者は見たことがない.
アトリウムや喫煙室のような特別な場所がないと,そこでおこなわれるような会話が促進されにくいとかんがえられるが,もちろん特別な場所がなくてもそのような会話はさまざまな場所でおこなわれている. 奥出 [Oku 03] はつぎのようにのべている.
じっさいにオフィスを調査すると,いろいろなところで集まって立ち話をしたり,近くの喫茶店で話しをしている. あるいは,コピー室と資料室の間の隙間で小さなミーティングをやっている,というのが日本のオフィスの実情だ.
このような会話もアトリウム型コミュニケーションとみなすことできるであろう.
3. 大部屋型コミュニケーション
最近のビジネスむけ建築においては,建物内になるべく壁をつくらず,大部屋をパーティションによってしきることがおおい. パーティションとしても天井に達しない比較的ひくいものを使用することがおおい (ただし,以前は視線をさえぎらないたかさのパーティションが使用されることがおおかったが,最近はそれをさえぎるたかさのものが使用されるようになってきている). このような大部屋で仕事をしているとき,仕事中に仲間たちの話を,ばあいによっては複数の同時進行する話をそれとなくききながら自分に興味がある話題をみつけだすということが,よくあるのではないかとかんがえられる. そのようにしてなにげなくきいた話からあたらしいアイディアをえたり,その話が仕事のなかにいかされるとかんがえられる. このようなコミュニケーションは,アトリウムにおけるそれと同様に 「ソーシャル・キャピタル」 をそだてるものである.
このようなコミュニケーションを大部屋によって実現しようとするときの問題点としてつぎのような 2 点がある.
- オフィスが分散しているときは大部屋は実現できない. すなわち,まず建物のひろさからくる制約のためにひとつの部署がひとつの階やひとつの建物におさまらないというばあいがでてくる. また,ことなる事業部やことなる会社のあいだでのコラボレーションにおいては,人数はすくなくてもオフィスをまとめることが困難なことがおおい.
- 仕事が関連するひとをうまくレイアウトできないばあいがある. これは,第 1 の点と同様にオフィスのひろさや形状に起因することもあるし,ひとりのひとが複数のプロジェクトにかかわっているために,どちらかを優先させると他方の参加者はばらばらになってしまうということも生じる. また,平面上に机というひろがりがあるものをレイアウトするために,必要以上にひろがってしまうことがさけられないばあいもあるだろう.
4. メイルとくにメイリングリストによる開放型コミュニケーション
意図的でないコミュニケーションのひとつのかたちとして,ある相手とのあいだのメイル (この相手とのあいだは意図的) をメイリングリストで第 3 者にもながしたり,第 3 者に CC (カーボンコピー) しておくという方法はよくつかわれている. 奥出 [Oku 03] はメイリングリストのこのような使用法についてつぎのように書いている.
イメージとしていえば,メーリングリストは,メンバーが勝手にいろいろとテーブルの上で話している状況に似ていると言える. たとえば,そのうちの特定の 2 人が会話をしている場合でも,その横にいる人たちが,なんとなくその会話を聞いているという感じだ. 本物のテーブルの上でのように,場合によってはその 2 人の会話に割って入ることもできるし,ただ,聞いているだけということもできる. また,会話をしている当人たちも,当然,その会話に加わっていないメンバーも聞いていることを意識している,というような感じだ.(p. 120)
しかし,メイリングリストや CC を使用する方法は通常,意図的にコミュニケーションをする相手がすくなくとも 1 人はいるばあいにしかつかえない. もっと気軽な会話のためには,やはり音声を中心とした直接の会話ないしそれにちかい会話ができる環境が必要だとかんがえられる. そのためには,席をちかづけるか,それ以外の,このような会話を促進するためのなんらかのしかけがあるとよい.
5. ソーシャル・キャピタル
開放型コミュニケーションについての考察において欠かせない概念としてソーシャル・キャピタルがある. Put-num は 「ソーシャル・キャピタルとは,社会組織における社交ネットワークや規範,社会的信頼といった特徴で,互いの利益にむけた調整や協力を促進するもの」 だと説明している [Coh 01]. ソーシャル・キャピタルについてはソーシャル・キャピタルの項目においてくわしく分析しているので,ここでは説明を省略する.