イベント・プロデューサーである 平野 暁臣 は 「コトづくりの眼」 (日本実務出版, 2005) という本のなかで MR (Mixed Reality) とイベントとをくらべています. そこには,同時性,双方向性,一回性,ライブ性,参加性,空間性,体感性などという,私にはつよくひびくことばたちがならんでいます. また,私がこれまであまり共感してはこなかった,しかし最近いろいろな本などでぶつかる 「空気」 ということばもつかわれています.
上記の本からいくつか引用してみます.
「映画の画像合成技術と MR (Mixed Reality) とは似て非なるものだ. 両者の本質的な違い,そして MR の根幹をなすものは,同時性 (Realtime) と双方向性 (Interactivity) である.」 (p. 29)
「MR が備えるこの性格は,「一回性」,「ライブ性」,「参加性」 と言い換えることができる. これはほとんどイベントの特性そのものだ. 唯一欠けているのは 「空間性」,「体感性」 という空間感覚だが,これも時間の問題かもしれない.」 (p. 30)
「だが,MR 技術が進んでリアル空間とバーチャル空間の区別がなくなったとき,イベントは根底から存在意義を問い直されるだろう. 「空間の共有」 が意味をもたなくなれば,リアルイベントにも意味がなくなるからだ.」
「でもぼくは,実は楽観している. イベントにはバーチャル技術では絶対に手に入らない要素がひとつだけあるからだ. それは “空気” である.」 (p. 31)
ここでいう “空気” は 「情報量のおおさ」 とも関係しているとかんがえられます. この 「情報量のおおさ」 は人間ではなくモノから発生しているのに対し,“空気” はおもにひととひととのあいだにあるものだとかんがえられますが,人間から発せられたものであれモノから発せられたものであれ,現在の ICT 技術ではつたえられないものだというところがポイントです.