4 月から工学院大学でネットワークの講義をすることになっている. 準備のためにネットワークの教科書をいろいろあさっているのだが,どうも気にいったものがない. たいていの本はなにか本質をはずしているようにおもえてならない.
世のネットワークの本をみて感じることの第 1 は,階層とくに OSI 参照モデルを金科玉条のごとくあつかっているということだ. なかには OSI という文字があらわれない教科書もあるが,たいていは最初のほうに登場する. そのうえ,それ以降の章も OSI のモデルにしたがっていることがおおい. たしかに物理層からトランスポート層まで OSI 参照モデルはもっともだ. むしろ,あたりまえなので OSI をもちだすまでもない. しかし,その上位層はあやしい. インターネットではその上位層のモデルにはまったくしたがっていない. これだけ普及しているので私も一応 OSI 参照モデルをとりあげるつもりだが,あとのほうでちょこっと,とりあげるつもりだ.
階層ということに関しては,昨年出版された Peterson & Davie の教科書では階層にこだわらないということが書かれていて,意をつよくしている. この教科書でもそれにちかいことをしているが,私はネットワーキングの方式として (つまり,従来のいいかたでいえば L3 機能として) IP とイーサネットをくらべることを講義のはしらのひとつにしようとかんがえている.
従来の教科書から感じることの第 2 は,タイトルに 「ネットワーク」 がついているにもかかわらず,なかにはネットワークのことが書いてないようにみえるものがおおいということだ. つまり,ほとんどプロトコルの話つまり通信のことばかり書いてある. なかにはネットワークの図あるいはグラフつまり辺と頂点をつないだ図がまったくあらわれない本もある. これでネットワークの教科書といえるのだろうか. IP ならばループをふくむネットワーク,イーサネットならば木の図がかかれていてしかるべきだ. それなしにどうして説明することができるのだろう.
ネットワークのことが書いてないということは,ネットワークに関する理論すなわちネットワーク最適化やネットワーク・フローの理論がとりあげられていないということだ. 唯一とりあげられるのはルーティングにおいて重要な最短路をもとめる方法だが,それもネットワークの図なしで書かれているのは理解できない. 最近では複雑ネットワークの理論がインターネットの構造を論じているが,ネットワークの教科書を書くひとたちはそれにも興味がないようだ (ふるい本がおおいことも,とりあげられていない理由のひとつだろうが).
ネットワークの図はネットワークを設計するという実践的な場面でも必要になるはずだ. 図がないということはこういう実践的な問題もとりあげられていないということを意味している. ネットワークの教科書を読み講義をきいたのに,かんたんなネットワークも設計できなくてよいのだろうか? 私は,私の講義をきいた学生に,就職した企業のオフィスにネットワークをひくくらいのことは,できるようになってもらいたいとおもう.
従来の教科書で感じることの第 3 は,ネットワークの原理みたいなものが論じられないまま個別的な知識がつめこまれているようにおもえるということだ. たとえば,IP アドレスは IPv4 では 32 bit,IPv6 では 128 bit ということは書いてあっても,それが固定長であることを明確に指摘し,固定長である理由をのべてはいない. 何ビットかということよりも,そのほうが重要なのではないか? かわりに可変長のなまえをつかうとどうなるかをかんがえればわかることだとはおもうが,固定長の効率のよさは指摘されなければ気がつかないかもしれない. アドレスをつかうもっと重要な理由は一意性だが,それについては書いてあることがおおい.
世の教科書をみての第 4,おどろくことは,無線がほとんどあつかわれていないことだ. 編集されたのがふるい本がおおいのが理由かもしれないが,それにしても学生にとって携帯電話が主要なツールになっているのはずいぶんまえからだ. 最近では無線 LAN (WiFi) も重要になってきているから,やはりなんらかのかたちでとりあげるべきだろう. 無線が重要なもうひとつの理由は,それがブロードキャスト・メディアだということだ. ユニキャストとならんで重要なこの通信方式をとりあげないということは,かんがえられない.
ネットワークの講義をするのは今回が最初なので,仕事のあいまに,あと 1 ヶ月強で材料をすべて自前で用意することはとてもできない. しかし,こういうわけで,世の教科書をそのままつかうことも,とうていかんがえられない. なんとか妥協のみちをさがそうとしている.