「仕事に役立つインテリジェンス」 (北岡 元 著) という本を読んだときにえたアイデアをもとにして,裁判員制度に貢献することができないかと,調査・研究してきた. その目的は 「システマティックな情報分析法・思考法と裁判員制度」 という項目に書いたが,ひとことでいえば裁判員が裁判官に対抗できるようにすることである. そのために,裁判員をガイドすることができる,マトリクスやフローチャートのような図式化された,わかりやすいしかけがつくれないものかとかんがえた. いろいろ本を読んでかんがえたが,まだほとんど,いりぐちに立っているところである. ここではこの研究について中間報告する.
まえがき
私は法律に関してはしろうとである. しかし,裁判員制度はこれまでにないものであり,専門家だけにまかせておくのは適切でないとおもう. その意味で,まだかぎられた範囲ではあるが文献調査をおこない,かんがえてきた,このいとなみを 「研究」 とよぶことにする.
この研究においては,つぎのようなことをめざしてきた. 裁判員に一度に複雑なことをかんがえさせることはできないだろうから,単純化をはかり,単純なことのつみかさねで結論の概要をえる,議論してきたことを図式化してみることができる,そういうしかけがつくれればよいとかんがえた.
ただし,裁判員が裁判官に対抗できるというだけでは,裁判をよりよいものにするためには不十分である. 「裁判員制度を通じて裁判の精密化を実現せよ !」 という項目においては,図式化されたしかけが,これまで裁判官がスキルに依存していた部分の再検討につなげ,より時代の要請にそった裁判のやりかたにつなげることをかんがえていた. このようなかんがえは,もともと 「仕事に役立つインテリジェンス」 からえたものである.
図式化のための 2 つの方向
図式化するにあたっては,2 つの方向をかんがえてきた. ひとつは数学,それも線形数学にうらづけられたような空間的な図式であり,もうひとつは (因果関係や時間的なながれを表現した) 論理的な図式である.
まず空間的な図式についていうと,「システマティックな情報分析法・思考法と裁判員制度」 を書いたときは,裁判員がマトリクスをうめていくことによって,全体が把握できるようなしかけができないかということをかんがえていた. ここでは各項目をまとめるためのしかけは線形数学的な手法である. マトリクスのなかの数値は線形の計算によって総合評価となる. 線形数学でよいのかという疑問もあるかもしれないが,裁判員にできることはラフな判断であり,それほど精密な方法にすることはできないだろう. また,複雑な数学をつかうと直観的な理解ができなくなるとかんがえられる. したがって,線形近似で十分だとかんがえている.
つぎに論理的な図式についていうと,「裁判員のための図式化された情報分析判定法の案」 や 「刑法理論にもとづく 有罪/無罪 判定法」 という項目においては,数学的な方法には還元できない論理を裁判員にわかるようにすることをかんがえていた. ここでは図式としてはおもにフローチャートがつかわれる. そこには 「C Book 刑法 I 総論」 (東京リーガルマインド編著) のフローチャートを引用したが,それを適切なかたちに加工するところまではいたっていない. そのため,いまのところ,必要なレベルまで単純化することができていない. フローチャートは,かたくて,こみいった図式の代表といってもよい. 単純化が可能なのかどうかはわからないし,可能だとしてもむずかしい仕事であることはまちがいないだろう.
実践的な検討のために
上記の 2 つの方向はかなり理論的なものであり,実践との乖離はおおきいとかんがえられる. 実際の裁判の過程はかたい図式にそってすすめることはできないだろう. 空間的な図式にせよ論理的な図式にせよ,やわらかい (フレキシブルな) ものにできなければ,実際の裁判においてつかうことはできないだろう. したがって,もっと実践的なレベルでの検討が必要であり,そのためには裁判員がはいった裁判の過程についての検討が必要だとかんがえられる.
まだ裁判員がはいった実際の裁判はおこなわれていないし,模擬裁判や裁判の様子を物語的にえがいた文献もかぎられている. そのなかで 「エブリワン氏の 「裁判員日記」」 という本は貴重なものである (陪審員制度に関しては 「ある陪審員の四日間」 (グレアム・バーネット 著) などがあり参考になるが,上記の図式化のこころみはむしろ陪審制度ではあつかわれない部分に関するものである)注 1. この本や最高裁が発行している資料を読んでもっと実践的な検討をしようとかんがえたが,まだ検討はすすんでいないし,したがって上記の図式化とのつながりもみえていない.
注 1: 裁判員制度は有罪・無罪の判定だけをおこなう陪審制度とはちがって,量刑をきめるところまで裁判員が参加する. その意味でヨーロッパ各国でおこなわれている参審制度のほうにちかく,参審制度の文献を参照するべきだとかんがえられる. 入手しやすい日本語の資料がみあたらなかったため,いまのところ参照していない.